ここチェンマイには日本人を弔ういくつかの慰霊碑があります。先の大戦で祖国への帰還の想いも叶わぬまま、傷を負い、病に伏せ、飢餓に苦しみ、儚くも散った私たちの先人の多くがそこに眠っています。

第二次世界大戦中(当時の呼称は大東亜戦争)、日本軍はビルマに入り、当時イギリス領であったインド北東部の都市=インパールを占領すべく軍事行動を起こしました。作戦は困難を極め、死者7万人余り(一説には餓死者が10数万人)を出し、ついに昭和19年7月、この作戦は中止となりました。その後日本兵はメーホンソーン県からチェンマイ県への道を通ってビルマ(現ミャンマー)より撤退し、そしてこの途中で多くの日本兵が亡くなり、遺骨や遺品などは撤退路に放置されたままとなりました。

 当時のチェンマイ各所の寺院には野戦病院が設置されましたが、その中でもムーンサーン寺院に設置された病院は日本軍の重要拠点として、多くの負傷、傷病兵の重症患者を収容しました。そのムーンサーン寺院の境内には、「戦友よ安らかに眠れ」と刻まれた慰霊碑(1970年建立)が立っています。奇跡的に生還された戦友たちの手で建てられた碑は、寺院と檀家のお力添えによって、今も維持、管理されています。

 平成元年、ムーンサーン寺院に訪れた日本人僧侶の一行は、タイの老僧からこう投げかけられました。「ここにはまだ多くの日本兵が眠っている。あなたたち日本人はそれを省みようともしない。そんなあなたたち日本人は人間か!」この厳しいお言葉がきっかけとなり、北タイ・ビルマ方面にまで範囲を広げた遺骨収集活動を開始されました。

 チェンマイ県メーワン郡バーンガート サンカヨーム寺の裏にあった井戸(現在バーンガートウィタヤーコム校の敷地)から多くの遺骨が発見されたという事から、平成5年、その井戸の上に、一万八千柱の遺骨を納めた戦病没者追悼の碑が建立されました。

 

戦後72年、国際社会でも確たる地位を築いた日本は、先人の尊い命の礎があっての今であることを忘れてはならないと思います。

終戦の日、現代を生きる私たちと先人を繋ぐ日として感謝の想いをお伝えし、更に平和と未来を考える場として慰霊祭をご用意させて頂きます。

 

チェンマイ戦没者慰霊祭実行委員会

慰霊祭の目的

・先の大戦でチェンマイの地でお亡くなりになられた日本人とタイ人の戦没者に対しご冥福をお祈りする。

 

・戦没者に今日の繁栄を迎えられた感謝をお伝えし、後世を任された者としてその責任を再認識するとともに平和を誓う。

製作・運営

チェンマイ戦没者

慰霊祭実行委員会

chiangmaimemorial@gmail.com

 

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